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投資に対するリターンの観点から、ゲームの時間制御を考える

タイトルにもありますが、ゲームを17年間ず〜っと続けてきて、とある結論に辿り着いたので紹介します。

この記事は、

「そろそろゲームをやめたいと考えている方」や「ゲームのやりすぎで次の日眠かったりする方」向けです。

この記事で分かること

・ゲームに対する向き合い方

そして、私自身の経験に基づく理論的な「ゲームをする時間の減らし方」についても紹介します。

改めて申し上げておきますが、この記事は「日頃から目的を持ってゲームをしている」方へ向けたものではありません。そもそもそれが理解できているのであれば、ゲームをやり過ぎている、とはなりません。

こんな記事を書いてますが、私はゲームが大好きです。いつでも心にはその気持ちが宿っています。恐らく一生その火が消えることはないかなと思います。ただ、やり過ぎるのは良くないよねという、単純な話です。

それでは本題に移りましょう。

目次

結論:ゲームはほどほどに

当たり前といえば当たり前だと思います。

ただ、私が言う「ゲームはほどほどに」というのは、そこら辺のパパやママが子供に対しての躾で言うセリフや、「ゲームとかwww」などと、自分達が知り得ないもの、関わりたくないものはとりあえず周りと一緒になって批判しておく類の所謂「教養の無い陽キャラ達」が言うセリフと比べても次元が違うと思います。

その理由は単純で、本当にゲームをほどほどにせず17年間生活してきて得た結論だからです。

自分で言うのも憚られますが、一周廻って得た最終的な「悟りの境地」になります。
良かったことに対して後悔をしている面が多々ありますので、この記事を読んでくださっている方が二の足を踏まないよう、正直に綴ります。

ゲームに時間を投資することで得るリターン

そもそも、ゲームにおけるリターンて何だ?という。日本語にすると〜とかそういう意味ではないですよ。

人間ものごとに慣れてくると本質を見失いがちなんですが、本来何をするにも何かしらの目的はあるはずです。

何を目指して、または何をしたくて、ゲームに時間を投資する。各々その理由を答えられるだろうか、ということです。

みなさんはどのような目的でゲームをプレイしますでしょうか。

「友達に誘われたから」「通勤通学の暇つぶしに」など、理由は様々だと思いますが、自分にとっての目的も設定されているはずですよね。

例えば、”誘われて承認した”場合であれば、
→単にそのゲームが遊びたくてきっかけが欲しかった?その人と接点を持つ可能性が出てきた、という結果は本来の目的に含まれていた?などなど。

ゲームをする頻度を減らしたいのであれば、当たり前ながら遊ぶ目的をはっきりさせる必要があります。

逆に目的が決まってしまったらずっと遊んでしまうのではないか、という懸念もあるかもしれませんが、一般人においては意外にもそんなことはありません。これについては後述します。

私の場合は、ゲームが上手いというリターンを得たくて、ゲームをプレイしていました。純粋に聞こえるかもしれませんが、ハマってしまった罠です。

ですが、まずこれについて話す前に前提として定義しておきたいことがありますので、しばらくの間脱線にお付き合いください。人間のプライドについてです。

ゲームにのめり込むきっかけになった
「承認欲求」の存在と、プライド分散理論への解釈

人間は社会的な生き物ですので、常に自身の承認欲求と闘っています。物心つく前から、「親に褒めてもらいたい」「頭が良いと思われたい」「運動が得意だと思われたい」そして「好きな子に振り向いてもらいたい」…などなど。

Twitterやinstagramでみなさんの友達の呟きや投稿を観察してみてください。ああ、この人はこの辺で承認して欲しそうにしているなと、私を含め大体すぐにわかりますよ。「〇〇に詳しい」とか「彼氏がいる私」とか。

SNSにおいては、こう思われていたいという「像」が如実に現れます。

そして、今まで試行錯誤をしながら生きてきた中で、無意識のうちにみなさんは「プライド」を獲得しているわけです。これは単に自尊心という意味と比べると少し異なります。

“プライドを獲得する”というのは、自身が周囲のコミュニティより何らかが優れていると思い込んでいる、もしくは実際にそうなっている状態のことを指します。

たとえば、あなたが学校のテストで100点を取ったとします。コミュニティは「クラスの友達」としておきます。当然、100点を取ったあなたは嬉しいでしょうし、周囲もきっとあなたを称賛するでしょう。

これはあくまでも例ですし、もちろん100点でなくても構いません。周りの友達が20点くらいしか取れないテストで、もしあなたが50点でも獲得すれば、〇〇君(さん)すごいね!となるわけですね。

重要なのは、絶対王者でなくても、周囲から注目されるレベルで上位にポジショニングし続られる能力です。

周囲より勉強ができるという結果を出し続ければ、自他共に認める”頭が良い人”のできあがり。あなたは”勉強ができる”というプライドをここで獲得したわけです。

大した努力をしなくてもいつの間にかプライドを獲得する例もあります。代表的なものは”容姿”でしょうか。今まであまり意識したことがなくても、周囲から「かっこいい」「かわいい」など、自身を承認してくれる言葉を受けてプライドを獲得します。

もちろん、皆が皆同じタイミングでプライドを獲得するわけではありません。時期は別々にやってきます。小学校であれば、「足が速い」中学では「面白い・ノリがいい」高校以降では「頭が良い・イケメン・綺麗」など。

誤差はあると思いますが、それぞれが得意分野を生かせる、そして注目されるタイミングでプライドの獲得は行われます。

その時々のタイミングでプライドを獲得し損ねたプレイヤーは、単純に次のステージに上がります。家族からクラスの友達、部活・サークル・バイトの仲間、会社の同僚・上司に至るまで、様々なコミュニティでプライドを獲得する瞬間を待ち続ける、ということです。

そして一番重要なのは、「獲得したプライドは基本的に維持しようとする」という人間の性質です。理由は先ほども述べたように、人間の承認欲求に基づきます。


承認されることを嫌う人はまずいないですし、何しろとても気持ちのいいことですので、簡単にそれを遠ざけるような真似は絶対にしないんですよ。

プライドを獲得したはずの容姿が肌荒れなどで崩れてしまいそうなときは、化粧にいつもより気を遣うことで維持しようとしますし、勉学でプライドを獲得した人は基本的にその成績を維持し続けようとします。

他にも、テストで偶然何か1つの科目で良い点を取って、次からやたらその科目だけ頑張る人はいませんでしたか?それもプライドの維持行動に含まれます(プライドを獲得したと思い込んでいる状態を指すので、若干の不確定要素がありますが)。

化粧については主に女性向けの単語ではありますが、このまま進むと誤解を招く可能性があるのでもう少し言及しておきましょう。

「化粧をすることは最低限のマナーだから」「だけど薄化粧の方がモテるらしい」などというワードをよく耳にします。これらは一体「誰」に対する呼びかけなのでしょう。

私は「自分自身」だと推察します。

「最低限のマナー」だとして化粧をするのも、「薄化粧が良いとされる雰囲気を醸し出し、コミュニティにおけるプライド獲得状況の急激な変動を防ぐ」のも、全て「自分自身」のプライド維持のためではなかろうかと、勝手に推察しています。

「周囲の異性のために化粧をしているわけではない」というのはあながち間違いではないどころか、本質を射抜いた発言であると言えます。

個人的な意見ですが、私は化粧について「マナー」だとも「薄い方がモテる」とも思っていません。男性視点からしてみれば、その化粧をしている本人が納得しているのであれば本当にどうでもいいんですよね。

なので、一部でいつの間にか「男性にはそういう人が多いらしい」という、化粧をする理由付けをされているのも納得はしていません。

もっと堂々と「自身のプライド維持のために」化粧をしているんだという方のほうが余程輝いて見えます。

そうして完成された、もしくは初めから生成されていた「可愛い」「綺麗」「エロい」に勝てるものはほとんどありません。

プライドを無くした時、人間はどうなる?

では仮に、現在獲得しているプライドを無くしてしまった、もしくは無くしかけているとき、人間はどう行動するのでしょうか。

答えは簡単です。承認欲求を満たすため、新しい分野でプライド獲得を行おうとします。

ここで私はゲームでプライドの獲得を行おうとしてしまったんですね。

具体的には、「周囲よりたくさんの時間をかけて先に進めようとした、もしくはクリアしようとした、そして上手くなろうとした」わけです。

しかし、特段失ったプライドがあるかと言われるとそうではなく、変なところで完璧主義な私の場合「プライドを増設しようとした」というのが原因として挙げられます。

プライドを獲得できても、それが喪失されてしまうと意味がなくなるので、基本的には複数の柱を立てておく必要がありました。

〇〇ができるし、△△もできる、となればその分安定感は増します。私の場合もまさにそれでした。

ゲームが上手い人、というプライドを追加で獲得したいがために、莫大な時間を費やしてしまったんですね。

こうなると、どんどん深みにハマっていってしまいます。特に対戦相手がいるようなゲームでは、負けに負けてストレスを溜め込んでもなお、プライドを獲得するために身を削る毎日。

単なる暇つぶしや、人付き合いなんて枠はとうに通り越していました。楽しむためのゲームが楽しめなくなっていく過程は、思い返せば苦しいことが多かったです。

楽しいはずのゲームで、楽しめない

例えばですが、「登場キャラがかっこいい、可愛い」を楽しめない。キャラが身に纏っている衣装や、持ち武器への拘りなど、開発側が多くの視覚的な娯楽を用意してくれていたはずなんですが、とにかく興味が出なかった。プライド獲得には何の関係も無いからです。

私からしてみれば、そのジャンルのゲームが上手い、という状況を得ることができさえすれば良かったので、ある程度満足のいくスコアや結果が出ればもうそのゲームは終わり、だったんですよね。

一種の楽しみ方だったのかもしれませんが、これがさらに悪循環を生みます。

ゲームが上手い、という状況を承認されるためには、同じゲームをプレイするアクティブ人口と、話題性が必要だったんです。

5年前に「美味しいタピオカドリンクが飲める店を知っている」のと、現在になって同じ台詞を言うのとでは、情報の価値が桁違いですよね。それと同じです。

周囲に注目されていて話題性がある、かつプレイ人口が多いゲームでいかに結果を残し続けるか。プライドを維持するためには、それを繰り返すしか無かったわけです。

となれば、毎月、毎年のように新しいゲームを購入し続けるしかない。17年のうち前半はもうあまりよく覚えていませんが、後半は本当にこれがループしていたと思います。

こうして私は、ゲームが上手いというたったこれだけのプライドのために、数万もの時間を失うことになりました。

気づけば、時に意気投合しゲームを一緒に遊んでいた友人も、各々のタイミングで卒業していました。
私に残ったのは虚無感のみ。

これだけの時間があれば、英語がペラペラになったかもしれない。はたまた、ムキムキのマッチョになれたかもしれない。本当に今まで何をやっていたんだろうかと、途方に暮れたのを覚えています。

しかし、ここでようやくあることに気付きます。ゲームをやめるためには、これと同じことをすれば良いのだと。

時間の投資先と配分を考え直そう

そもそも、これだけの時間を費やして虚無感しか残らなかったのは何故か考えた時、時間の投資先とその配分を間違えたのが理由だと気付きました。

ゲームはその属性上、手軽に楽しむことができる反面、数多くの時間を投資するのはあまりにもリスクが大きすぎたのです。

念のために何度も書きますが、私はゲームを批判しているわけではありません。


多くの時間を投資した結果、プロゲーマーとなり多額の賞金を手にすることができるかもしれません。

またゲームを通じて出会った方と何かの縁があるかもしれません。

独特で興味深い世界観を楽しんだりすることもできますし、私自身ゲームにのめり込んでいましたからね。ただ、費用対効果という基本を忘れていただけです。

ではこの記事を読んでいる方が、時間を一点投資することのリスクに改めて気づいたとします。

なかでもゲームに時間をかけていて、あまりにもやり過ぎている、やめたいと思っている方は、どのようにすれば改善されるのでしょうか。

それは、私がゲームを選択したのと同じように、みなさんは時間を別のことに投資すれば良いのです。ただそれだけです。

しかし、投資した対象に時間をかけ続けることでどのようなメリットが考えられるか?投資した時間に対して得るメリットは割に合っているか?を慎重に検討する必要があります。

時間の投資対象を変えるというのは、非常に抵抗があることだと思います。プライドを獲得していた柱を自ら取り壊すということですから、生半可な覚悟では難しいです。

しかし、あなたが思っているほど、周囲のコミュニティはあなたに対して興味がありません。プライドの柱が崩れていく音など、全くといって良いほど周りには聞こえませんから、思い切ってチャレンジしてみてください。

いきなり切り替えなくても大丈夫です。いつもより少しだけ早く寝てみる、少しだけ本を読んでみる、体を動かしてみる、などなど。

すぐに出来そうなこと、そして可能なら、時間を投資した結果として自分自身の変化を実感できるものを選ぶと尚良いと思います。

「分かっているけど止められない」原因は、ゲームを取ったら何も残らないという思い込み、これだけ時間を掛けたからというサンクコスト効果などが影響しているだけではないかと私は推察します。

脱却したければ、それに替わる何らかのプライドの柱を建てる必要があります。ですから新たな時間の投資先は、自分自身の変化を実感できるものである方が良いのではないか、ということです。

経験上それがいいかな、と私は思います。

私も色々な対象に時間を分散投資し直しましたが、長くなってきましたので次回の記事で詳細を書くことにします。

ゲームは楽しく、ほどほどに。

私からのアドバイスです。

では、またどこかでお会いしましょう。

参考:https://mekasue.hatenablog.com/entry/2019/05/02/011050

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